1章 絹泥棒を捕まえろ


 2

 シンエイとは逆方向に逃げたリイヤは、建物の多い住宅地で撒くことも出来たが男たちの目的が知りたかった。
「待ってくれ!」
 気取った格好をした男が立ち止まり早くも甲高い声で息苦しく叫ぶ。疲れ果てた男は膝を押さえながらリイヤに待つように言う。立派な身なりをした走りにくいのか、服というより言えば走るのが苦手なようだ。
 息の上がっていないもう一人、中年の黒髪の男にリイヤは注意していた。体格が良い割に細身の男は腰に長剣をさしており、ただ腕を組みじっとこちらを見つめている。それだけで威圧感がある。建物の影にいて見づらかったが、青い瞳ではなかった。ただ気を研ぎ澄ませることに慣れた強者の目だ。
(追いつかれれば剣士と交えるかと思ったけど、やはり敵意はない……)
 逃げる途中から剣士の殺気のなさに気づいていた。不思議に思いなが、間合いを取って男たちを見る。
 息を切らして膝に手をおく男は、茶髪と日焼けしたような褐色の肌がフードから見え隠れしていた。
「何故ついてくる?」
 男は、萎えた身体が水を得たかのように上半身をそらし、男にしては高い声で喋りだす。
「あんたたち絹を持ってるんだって? 俺はそれが欲しいんだよ。これでも商売人の端くれでね」
 商人と名乗ると今度はさらりと人の持ち物を言い当てる。絹を持っていることは絹座でしか話していない、また絹座の人間が別の業者に話をするはずもない。特に生糸を他の商人に売り買いされては商いが滞ってしまう。しかしこの男は絹の業者にも見えないし、リイヤたちは街や食堂で口に漏らしたつもりもなかった。
 男の遠慮のなさにリイヤは知らぬ存ぜぬを通すことにした。
「知らないよ、持ってない」
「いや、持ってるはずさ」
 確信して言う商人の目の奥が鈍く光って見えた気がした。
「別に盗ろうってわけじゃない、俺は売って欲しいだけなんだ。言い値で買おう。その見かけない服装に、焦げ茶色の瞳。あんた達は隠れ村から来た、そうだろ? だったら最高級の絹を持っているはずだ」
(どうして村のことまで知っている!?)
 図星を指されてリイヤは動揺した。思わず隠しナイフに手が伸びる。黒髪の男が剣に手を伸ばしているのが見える。
 村長の言葉が今思い出される。
 完全にではないが閉ざされた隠れ村の存在は、公の場でむやみに口にしてはならない。理由は教えられていないが、旅の目的には理由を知れという意味も含むのではないかと薄々考えだしている。
 村の人間は、外界から人知れず生きていくこともまた掟だった。村の存在を明かした者をどうしろと言われてはいないが、簡単に口にする者ならば厄介な人間には違いない。
「……知らないって。例え持っていたとしても、お前たちにはやらないよ」
「そう言われても、こっちも商売なんでね今日中に品物をかき集めなきゃならない。頼むから売ってくれよ」
「他を当たって欲しい」
 リイヤはきっぱりと断った。
 しかし男は健康な駿馬と交換しないか、はたまた砂金の大粒ではどうかなどと、商売柄か条件を出してきては何度もしつこく粘ってくる。最後には自分ほど高く買う国は他にはいないとまで豪語してみせる。
 呆れつつ煩わしくなったリイヤは、とうとう二人を撒いて鳥尾屋へと戻った。
 そして、部屋の前に立つと愕然とした。


 調子に乗って覚えたばかりの街中を半周した頃。
 シンエイは最後まで追いかけてきた一人が諦めて漁港に入って行くことに気づく。
(追手は撒けたか……あいつら一体何者だったんだ?)
 シンエイは気になって、居場所を悟られまいと気を配りながら連中の一人を追った。
 少しずつ港から離れていく姿を捉えながら、反対に開けた広い場所へと移動していることを感じた。
 一人かと思えば、倉庫街に入る前に待っていた誰かと合流した。それはシンエイを追いかけてきた他の人間で、走り出して時間も経たないうちに脱落していった者たちである。事前に示し合わせた場所だったのか、その足で倉庫街の通りへと出る。
 連中は外を気にしながら、どこを見ても同じ造りが並ぶ格納倉庫の中の一つで止まり、小さな入口から中へ入って行った。巣窟にしては無難というか味気ない場所である。
 壁の上部には倉庫番号が大陸文字で『17』とその横には何かつぶつぶが描かれている。
 もしやと思い細心の注意を払って隣の倉庫まで接近する。人の気配がするものの、不気味なくらい倉庫の中で物音はしなかった。
(トトキト?)
 17の横には食べたばかりの、つぶつぶした食べ物と思われる絵が壁に記されていた。よく見ると隣の倉庫にも同じく『16』とトトキトの絵が描かれている。トナックではそう記すのだろう。
 結局シンエイは追いかけられた理由のわからないまま、宿屋へ戻る。
 帰り道は姿を見られないよう慎重を期したつもりで、鳥尾屋の入口をくぐろうとしていた。
 すると上から、リイヤが呼びかけた。二階の窓から慌てて身を乗り出さんばかりだ。ちなみに二階の隅がシンエイたちの部屋である。 
「シン! 荷物ごと盗まれた!」
 リイヤの言葉に道から見上げながら、シンエイは信じられなくて思わず叫ぶ。
「は、本当かよ!?」
「あいつら、私に絹を言い値で売って欲しいって交渉してきた。きっと最初から宿の場所を知ってて、私たちを宿から引き離すために追い回してたんだよ! さっきマスターに聞いたら薪売りが見たことない人間で変な様子だったって……」
 いつにも増して早口で喋るリイヤの焦りが伝わってくる。
 リイヤによると村のことを言い当てられたという。村のことに詳しい人間がいることにもシンエイは驚いたが連中の用意周到さに舌を巻く。リイヤが突っぱねたところ、しつこく食い下がって話しかけて来たと思えば、その後は最初と違い追ってこなかったらしい。不審に思い早々に宿へ戻ると、部屋のドアがこじ開けられ、絹織物ごと全ての荷物が盗まれていたというのである。
(やられた!)
 遊び半分で追いかけっこに興じて、裏をかかれ大事なことを見過ごした。
「くそっ、行くぞ!」
 シンエイは自分をなじり、走り出した。
 慌てて二階の窓から軽々と降り立ち、リイヤはシンエイの後を追う。