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走りながら自分の経緯を説明したシンエイは、倉庫街の一角を目指す。
「港の倉庫街で、追いかけてこなくなったんだ連中」
「と言っても広いね」
「確か17つー横にトトキトがある。トトキトってさっき俺が食ってた」
「夕焼け色のつぶつぶ? そういや全部に果物があるね」
倉庫の壁と正面の上の隅に色付きで数字と一緒に描かれている。リイヤはすぐに目当ての果物を見つけた。
「ねえ、あれじゃない? 『1ートトキト』。別に『2−トトキト』は2個あるわけじゃないんだ……」
それぞれの倉庫番号として数字とトトキト1つずつしか並らんでいることに、リイヤはがっかりしたみたいな言い方をする。
周囲から様子を探ることにする。連中の居場所を知るシンエイは上から登ってみるからと積み重なった木箱に足を掛け、出来るだけ音をさせず屋根に飛び乗った。泥棒の行方を見逃しまいと身を隠しながら屋根づたいに様子を窺っていく。
リイヤは手近な倉庫を覗きこむ。見たところ倉庫街一面には、はっきりとした人影は見えない。けれども微かに感じる気配が多すぎる。
気配ばかりに注意を向けてリイヤは死角に気づいていなかった。
警戒していたはずだった。にもかかわらず、不意に背中が誰かとぶつかった。
「っ!」
簡単に後ろを取られたことなどもう何年もない。シンエイの腕はもちろん剣の師である父でさえ、感が鋭く恐ろしく素早いリイヤの背後に忍び寄るのは容易ではない。
戦々恐々として体一つ分後ろに跳びはね、柄を握る。
(外と来たら嘘つきや強者がわんさと出てくる!)
盗ったりしないと言った商人は詐欺に加担して荷を奪うし、気配が読み取れない程の者が居ては剣を持ってしても危うい。
本物の狩りとは異なり、世間知らずの自分たちは完全に獲物と捕獲者の立場が入れ替わっていた。
気を引き締めるリイヤとは違い、ぶつかった相手からはただ小さく驚きの声がした。
「こんな所に子ども?」
興味深そうに顔を向けてくる。上半身を覆う黒のフードを被った若い男の声だった。フードを目深に被り隠れて顔は見えないが、シンエイよりも背が高い。
気配を感じさせずに現れた青年に警戒心を払いながら、尋ねる。
「あなたこそ、ここで何を?」
「野暮用。君さあ、そろろろ帰った方が良い」
目線を後ろにやりながら言う。こちらが剣を握っていることに気づいているくせに、目もくれなていない。相対しているリイヤは子ども扱いしているためか、青年の気配は自然体だった。
青年の言い方からすると、これから倉庫街で何かが始まるらしい。自分たちの荷物が盗まれたことと何か関係あるのだろうかとリイヤは考える。
「これから何かあるの?」
「その分じゃ知らないで来たわけか」
「ここは気配が多いのに、人が見えない。最初にあなたを見つけた。知ってるなら教えて」
青年はリイヤの言葉に息を潜めたような気がした。そしてすぐに神経質そうに声を尖がらせた。
「なぜ? 僕が教える必要ある?」
面倒とばかりに言い捨てた彼はもう明後日の方向に歩きだしている。
「ちょっと」
「ここは子どもの来る所じゃない」
盗られた荷物を探していると言うべきかためらった。荷の中の絹織物がまた別の誰かに狙われるかもしれないからだ。しかし、これから何が始まるかだけでも知っておきたい。表情はわからないが今のところの会話や様子から青年に敵意はない、むしろ関わりを避けたがっているくせに話しかけてきた。宿屋のマスターの雰囲気とは違うが、少しだけ重なる。
痺れを切らして、リイヤは歩きながら話す。
「荷物が盗まれて、追いかけたらここまで来た」
「それはお気の毒に! じゃあ今日で売れてしまうかもね」
「売れる?」
人から荷を奪っておいて、あまつさえその日のうちに転売にかける、と言うのか。
「ここじゃ珍しくもない。トナックの闇市なら」
「闇市。それって……」
「僕もそっちに用があってね」
フードの青年は立ち止まって、誰にも見られていないことを確認しながら、ブーツで軽く二度ほど石畳を叩く。
ルイは地面を見つめて察する。
(地面? もしかして、闇市は地上じゃなくて、地下で行われるってこと?)
「どちらにせよ、君みたいな子が行く場所じゃない」
説教する大人が子どもを突放すような言い方をする。
どうも青の国では18歳が成人のようで、そしてリイヤたちは18には到底満たない子どもに見られる。成人している身として子ども扱いは気分の良いものではないが、男扱いされるよりは幾分かましだった。彼がリイヤを女と解っているかは置いとくとして。
青年の言い分にも反論したかったが、勝手に聞き出したのはリイヤの方だから。
「私かどうかは関係ない。でも教えてくれて、ありがとう」
年下の素直な言葉に青年はとげとげとした物言いを引っ込めることにし、とって付けたように言う。
「同じ異国人だからね、お互い様だ」
「あなた異国人だったの、言葉が滑らかで気づかなかった」
フードは胡散臭いが、青の国に紛れてもわからない服装している青年は流暢な世界共通語を話しているからだ。
大陸共通として普及するかカノンティア語は、発祥の地青の国で特に使われている。他国の人間も基本的に習う言語だが、完璧な発音の共通語を話す者は、青の国出身であることが多い。リイヤたちもカノンティア語を話すが宿屋の人間によると初めて会った時は、少々訛りがあったと言う。今では不自然には聞こえない程度になったらしい、特にお喋りなシンエイの方がである。
「リイヤ?」
後ろから声をかけられる。シンエイだ。屋根づたいを止めて見えない所から降りて来たらしい。
「連れが来たか。出来るだけ諦めた方が良い。じゃあ僕はこれで」
青年は最後まで顔を見せないまま、次の角を曲がって姿を消した。
シンエイはいぶかしんで青年の方を見ている。
距離を取った別の倉庫の影に場所を変え二人は声を潜めて話す。
「何だあいつ?」
闇市に用があるという怪しい人間の言葉の真偽を確かめる術はないが、リイヤは情報として伝えることにする。
「もしかしたら、荷物は闇市にかけられるかもって教えてくれたの」
「信用出来るのか? ……でも闇市か、なるほどなぁ。盗んだ物なら売りさばき易いってことか。荷物が運ばれた倉庫は確認したけど、中で気配を隠した相当の数の動きを感じたんだよな。たぶん集まった商品の護衛とかもいるのかもしれん」
「絹泥棒以外に?」
「あぁ、他は何とかなるだろうけど。一人、俺の気配に気づいてたと思う」
「強い奴か、もしかして黒髪の年嵩の剣士? 交渉してきた人と一緒に居たんだけど」
シンエイは顔まではわからないと言う。けれどもリイヤと同じくただ者ではない人間がいると感じ取ったようだ。
「今から行くか、日が暮れるのを待つか」
今動くことに得があるか、罠を張って待つか、それとも夜襲をかけるかべきかとリイヤは問う。
リイヤの言葉にシンエイは考えこむ。
幸い金は手元に残ったが、理不尽にも必要最低限の荷物さえ奪われ、自分たちは後手に回り過ぎている。そして時間はない可能性が高い。
「見えない人間が多すぎる。状況を把握出来ていない上に、明る過ぎる。夜を待つ」
「でも、闇市には入れないんじゃない? 私たち青の国では子どもにしか見られないようだから」
さきほどの青年の発言を気にしているわけではないが、簡単に客として入れるとも思えない。
「どうすっかなぁ?……とりあえず場所を移動しようぜ」
強い潮風が吹いてきた。シンエイたちは荷物を取り戻す作戦を練るために港の倉庫街を離れた。