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「おじさん、これうまい?」
声をかけられた店の主人が振り向く。興味深そうに客が今にも突きそうに指さしていたのは、腹の膨らんだ細長い果物で、片手一つほどの大きさをした果物である。明るいだいだい色の表面に小さな種つぶが広がる、触れると弾力のある果肉だ。
「この実はトトキトって言って甘酸っぱくて美味しいよ。あれ、お客さん異国の人?」
客の髪は茶色、そして黄味がかった茶の瞳をしている。地元の客が多い市場では珍しいので、異国の人間に見える。
青の国の住人は、純血ならば大方が青の眼を持つからである。もしも生れながらに青の眼を持たないなら、青の服を着ることで、青の民であることを暗黙のうちに示す。
しかし見かけない青の服ならば、異国の人間だと勘違いしてもおかくなはかった。
「いや、青だよ。領地的にはすれすれな場所だけど。あ、これ2つで」
「はいよ。すみませんねぇ。てっきり、よその国の人かと思ったよ」
代金を差し出す、張りのある声をする客は黒髪に茶色の瞳をして、人懐こそうな雰囲気の男だった。
「まぁ、ど田舎だからしゃーないって、おじさん。これありがとな」
客は素朴な笑みで紙袋を受け取ったって通りへ戻る。
やはり自分の服は目立つのだろうか。伝統衣装というわけでもないはずなのだが、いまいちわかっていなかった。
特に青の国では、上下に分かれた日常に動きやすい格好が多く、しかし女はスカートやウェストの細い服を身につけている。そしてちょっとした意匠に凝ったものが多いようだ。
出身の村では男女ともに、生活に剣を使うため機敏に動ける短い貫頭衣を着るが、今はさらに簡素な旅装をしているために、その地に住む者には余計に目立つのかもしれない。しかし旅の途中で長く青の国に留まる気もない、どうしたものかと考え男は人の流れに戻って買ったばかりの果物を拭いもせずにかじる。
その時「シン!」と呼びかけ、混雑した市場通りの反対側からやってくる者がいた。
男とそれほど背丈は変わらず、真っ直ぐの黒色の長髪を一つにまとめ、その茶の二重は冷めた男がするような眼つきをしている。顎と首は、ややほっそりとしているが首に布を巻いているので今は見えない。一見男とも女とも見分けのつかない容姿で、周囲は異国人と思われる人物をちらちらと眼で追っているようだった。
「おー。これ、うまいぞ。リイヤも食べてみろよ」
「貰うけど、それより絹座に行ってみた……それ、こぼしてるよ」
「わっ……手ぬぐいっと」
甘酸っぱさに満足していたシンエイは、リイヤの指摘に慌てて腰に挟んでいた布をひっぱり、口の周りを拭いていく。それほどこぼしているとは気づかなかった。
「絹座って絹の労働組合のこと?」
青の国に入って二ヶ月。シンエイとリイヤは傭兵の仕事に慣れてきた頃から、仕事の多い港町トナックに身を寄せていた。トナックは小さい港ながらも漁業を始めとする食材市場が、軒並みつらなっている。安くて上手い食材が手に入りやすい。週に数度は物珍しく様々な品を売り出すよろず市も開かれる。は暇になると市場巡りして楽しむのが習慣になっていた。
食べ物を見ていたらリイヤはお腹が空いてきたと言う。ちょうど昼飯時だからと、シンエイとリイヤは手頃な店で注文をすませた。山育ちの二人には、珍しい海の幸を使ったメニューは選ぶのに迷ってしまう。
「青の国で売りさばくより、他国の方が良いみたい」
リイヤが絹座に行ってきたのは、生糸の売り買いの相場を調べるためだ。
「荷物になるから、売ろうと思ったけど、やっぱなー」
よその人間がほとんどやってこない田舎とはいえ、名産が絹だけあって、シンエイたちの出身の村は、いわゆる絹の労働組合、絹座に登録している。
シンエイとリイヤは金は持たせて貰えなかったが、代わりに餞別として上物の生糸と共に絹織物を譲りうける。宿に預けたままどうするべきか、と二人で相談していたところ、絹座の存在を知った。村から来ている知り合いも居たりして、リイヤはつい話しこんでいたのだ。
「せめて、隣の緑の国で売った方が良いかもね」
絹の生業は他国ではとても珍しいが、青の国では養蚕・製糸業を行っている田舎もいくつかあるので、他の国で売りさばいた方が金になるということだ。
「えー俺次は絶対にっ、白の国が良い!」
「白の国? 確か『五つの塔とその周辺』で国じゃないでしょ?」
「でも聞くと、ここではみんな白の国って呼んでるみたいだぜ。その五つの塔ってとこは魔術師が沢山いるらしいんだよ」
「だから?」
リイヤは食欲をそそるような匂いに誘われ、運ばれてきた料理の方に注意を向けた。
「魔法が見たい!」
「魔法、ねぇ」
好奇心旺盛で単純なシンエイと違い見たこともない物に懐疑的なリイヤは、海の幸とれたてスープ料理に舌鼓を打ちながら、淡々とすくっていく。
五つの塔とは青の国やその他の国が位置するカノンティア大陸で、最高峰の学術学院である。国の垣根を越えて各国から優秀な人材を集め、その一つとして特に魔法と呼ばれる自然の理から外れた術の教育・研究に取り組んでいるという。
決して国ではないが、五つの塔が所有する土地は小さな国一つ分の土地に相当する。
一方で、その周辺は五つの塔とは独立した自治を行っている。
五つの塔は政治等に関与しないが、有事の際は助言を受けるという関係を築いている。これは全ての国に当てはまる。五つの塔は常に中立を守っており、時には国同士の争いが起きた時は、仲裁を担う役目を持っている。
そして、独立してるとはいえ周辺では魔術の恩恵を受けるいれる形で暮らしているという。理由はわからないが、それらを総じて「白の国」と呼ぶらしい。
「青の国からしか入れないし、いいだろ? 俺さ昔から白の国には行ってみたかったんだよ」
「知ってる。行くのはかまわないよ。ただし魔法に呆けて鍛練を欠かさないこと。私たちは剣士で、魔術師ではないから」
「ああ」
「私も一度は白の国に行きたいと思ってた。調べたいことがあるんだよね」
五つの塔には専門分野に長けた人間だけではなく、大陸全土の知識が集まる宝庫だと聞いている。
調べ物があるなしに関わらず一度は白の国に訪れてみると良い、というのが旅をする者の口癖である。治外法権から、他の国とは独特な法律や考えを持つ白の国は比較的よそ者を受け入れやすい面もあった。
全ての国から人が集まる。髪や瞳、肌の色の垣根を超えた国と言えるのかもしれない。
「よし、決まりだな」
シンエイは、満足気に笑った。
「じゃあ、出発に備えて買い物してくるか」
旅に必要なもの確認するために一度宿に戻ることにする。お腹の満たされたシンエイたちは、のんびりと郊外の安宿へと歩いて行く。
宿泊している鳥尾屋はトナックへ訪れてから借りており、部屋は狭いがそこそこに清潔感は保たれているので、住み慣れれば居心地の良い宿屋である。店の主人はトナック商工会の会員らしく顔が広く話好きで、逐一街の情報が手に取るように伝わってくるのも面白い。中には面白おかしく脚色されている部分も多い。
リイヤは少々お節介すぎはしないかと思う時があるようだが、仕事を探す場所まで教えてくれたりと何かと世話になり、また気兼ねなく旅人に接する態度がシンエイには好感が持てた。客の半分が他国の客というのが特徴だ。
だから、気に入りの店で一悶着はしたくはない。
二人はどうやら複数の人間につけられていた。
シンエイたちは無意識に歩幅を早めないよう歩く。
鳥尾屋まで通り三つという交差まで我慢して、追撃者の不意を突くようシンエイとリイヤは、鳥が羽ばたくように一瞬で二手に別れた。
「逃げたぞ!」
つけてきた一人がそう叫んで、後から後から人間追いかけてくるのがわかる。
(一人、二人、三人か……)
細い路地に身を隠しながら、シンエイは数える。反対方向に走ったリイヤには二人の人間が向かったらしい。時には青猫より足の速いリイヤならば逃げ切れるだろう。
「いたぞ! 男だ!」
「やべっ」
追撃者を振りはらうよう逆方向のゴミ箱や溜まりこむ浮浪者のある路地に走りだす。少し開ければ路地では出店も並んでいる。追いかけられている割に、シンエイの耳には自分の声が楽しげに聞こえる。走り込みを最近していなかったな、鍛えるのには丁度いいかも、などととさえ考えているからだ。
「待てー!」
「待てと言われて、待つのがどこにいるつーんだ!」
加速をつけて、鬼ごっこの延長上にいるみたいで楽しくなってきたシンエイは、あちこち街の路地を走り抜ける。宿屋街を離れ食材市場や町役場、噴水広場と人通りの多い道を選んで進み、なかば迷惑な程に人や物にぶつかるすれすれで避けては走り抜けていった。