誰の一万円? 解決編


「会長、ちょっといいですか?」
「おー、丹野復活したか?」
「おかえりー」
 先輩たちのテーブルに戻った彼は(元々は1年側に座ってはいたのだが)、さっそく優しい2年生に話しかけられる。
「その一万円で、思ったことがあるんですけど」
 遠藤さんの前に並べられている一万円を見て話す。

「は? 丹野、誰のかわかんの?」
「何々? 実はお前のとか?」
「違うって、誰のかわかるってことじゃない? 間違ってたら、どえりゃーぞ」

 他のメンバーからも注目を集め出す丹野君。
「本当か、丹野?」
 会長が眼鏡のずれを直しながら尋ねる。
「……たぶん?」
「たぶんて、何だそれ」
 宴会終了予定の時刻は過ぎていたが、30分くらいは余裕余裕と、先輩たちは丹野の話を続けさせる。

「えーっと、言葉で説明するのって難しいな。さっき、遠藤先輩、1万円札を持ってた時に気づいたんですけど、今ある4枚のうち、2枚が、他と違って結構曲がってるじゃないですか? 折り目とは違って、角度がついてる感じで」
 言われてみると、確かに全ての紙幣に折り目がついていながらも、4枚のうち2枚だけが、テーブルから紙の半分が浮き上がっている。はっきり曲がっているわけではないが、120度くらいに角度がついているのがわかる。

 さすがに誰かが気づいたようで、声があがった。
「あ! じゃあ、2枚出したのって!?」
「一万円札で払って、二つ折りの財布だったのって、あー1人しかいませんでしたよね? 慌てて出したから、2枚重ねて出したんじゃないかと」
 どうやら丹野君はまだ、途中参加の先輩の名前までは覚えていなかったらしく、目線だけで、茶色の二つ折り財布を持っていたスーツ姿の黒田さんを見やる。

「なんだ、黒田先輩のかー」
「せっかく会費になると思ったのになぁ〜ってか、おまえら二人嘘こいてんじゃねーよ!」
 他の二人はごめんごめん、と罰が悪そうにも、笑って謝ってきた。

 遠藤さんは感心したように丹野君を見る。
「こんな単純なことでわかっちゃうなんてね」
「よく見てたなぁ、普通気づくかそんなとこ!? ラッキーだったなぁ丹野少年!」
 副会長が声をかけてくる。
「少年て歳じゃないっすよ〜先輩」
 丹野君は、1年生の代表として、またいじられ始めた。
 この分では、2次会のカラオケでは、彼はオールナイトで付き合わされるはめになるのかもしれない(彼自身はそんなに嫌そうじゃないけど)。


※※※


 遠藤さんが会計をする間に私たちメンバーは、一度店をでることにした。ビルの中もそうだったが、週末の繁華街はまだこれからという時間で人通りはさらに増えつつあるようだった。

 ビルの外へぞろぞろと移動する時、宮沢君が丹野君に、酔っててよく見てたなと丹野君に話しかける。
「でも、1枚しか曲がってなかったら丹野でもどっちの人のかわからなかったな、良かったな2枚曲がってて」
 何気なく宮沢君が気づいたように言う。
 確かにそうである。今回はたまたま、4枚のうち2枚だしたのが、二つ折りの財布を持っていた黒田さんだったから、一万円の持ち主がわかったのである。

 でも丹野君は、あっさり答えた。
「曲がっている1万円が1枚だけなら、斎藤さんのものになるよ?」
「……理由は?」
 目を見開いく宮沢君。彼がこんな表情を作るなんて、初めて見たかもしれない。近くにいた私と綾香も興味津津で聞いていた。

「斎藤さんは、他にもたくさん一万円を持ってただろ? 逆に永山さんの方は1万円は持ってない、五千円札と千円だけで。で、黒田さんは一万円札を2枚持っていた」
 丹野君は、面倒くさくなったのか、無意識に「先輩」から「さん」付けになっていた。真面目な体育会系な部活でもない限り、年齢層のある大学は、必ずしも「先輩」呼びでもない。たいてい学年関係なく「さん」付けか、ノリが良いとこは、加入時にあだ名が付けられるらしい(本当かなあ?)。

「こんがらがって来た〜」
「意味わからん、まるでクイズだな」
 間近にいた先輩たちが吠える。
 丹野君は、夜風に当たりながら涼しそうにしている。すっかり元気になったらしい。結局私がフォローを挟む必要もなかったなぁと考えていると、頭一つ分違う身長の私と、偶然目が合う。子どものいたずらが成功したことを喜ぶかのように、にかっと笑ってみせた。
 彼って、柴犬とかレトリーバー系の犬っぽいなぁと、思った。犬嫌いじゃなければ、存在だけで好印象を与えることが出来そうな感じである。自分のペースを変えることなく、自然に人とのスペースを共有できる人なんだろうな。人が好きで、人に好かれる人間なんだろう。

 丹野君は、会長たちと店から出てきた黒田さんに声をかける。
「黒田先輩!」
「丹野君だっけ? さっきはありがと」
 4年生の黒スーツの黒田さんと、まだ子どもぽさが抜けない1年生の丹野君が並ぶと、大人が子どもにアメをあげようとする構図に見えなくもない。
「はい! あと、見せてもらっていいですか、一万円札!」
「あ、やっぱり?」
 弱ったなぁという顔しながらも嬉しそうな黒田さんは、財布から1枚の一万円札を取り出して見せた。
 私たちは、何だ何だ?と彼らの手元を覗きこむように、黒田さんから丹野君に渡された一万円を、まじまじと見た。
 一番目に声をあげたのは綾香だった。
「あ! これ数字が全部『1』で並んでる!?」
「本当だ! 初めて見たー」
 つい私も声を出した。

 その一万円札に記されたお札のナンバーが「 KJ111111K 」だったのだ。1の連番である。
 何気にKが揃ってる、私にはどのくらい価値があるかはわからなかったが、これってお札コレクターには珍品として重宝されるのではないだろうか。
 つまり、財布を調べれさえすれば、一万円を多くだした人は自動的にわかったということ、もし曲がっていた一万円が一枚だけだったなら、一万円を持っていない永山さんは除外されて、斎藤さん、ということになったわけである。

「こんなに並んでるの俺も初めて見ました。黒田先輩は、3人の出したうちの1枚の一万円札の値打ちに気づいて、ウーロン茶が来たことに注目してる時に、“慌てて”、一万円札を2枚だしたんだよ。あの時の可愛い店員さん、ピッチャーいくつも運んでて重そうだったから、みんなすぐに受け取ろうとしてたし」
(店員が女の子で可愛いなんて、よく覚えてるなぁ……)
 今まで、そのことを言わなかったのは、このお札には、自分が一万円の損をしたとしても構わないくらいの値打ちが、あるということ。
(でも今言っちゃたら、斎藤さんと永山さん悔しがらないかな?)

「……ん? ってことはやっぱ俺の一万円札だったんじゃ?」
 それに気づいた斎藤さんがやっぱり言いだしてきた。黒田さんは先輩なので控え目な非難ではあったが…、しかたなく私は丹野君との約束を果たすことにした。
「でも、こういうのは一番初めに価値に気づいた人が持ってこそじゃないですか?」
 美術鑑賞サークルというだけ、メンバーは美術的価値を含めそれ以外のものに好奇心を寄せるのもあるのだろう。価値のある物を持つのは、価値のわかる人間が持ってこそでは、と思うのは素直にそう思ったからである。
(黒田さんが黙ってたのは、すこーしだけせこいかな、とは思うけど)
 暗黙で最上級学年の特権をちらつされたとは思いたくはないが、「一万円帰ってこなくても欲しかったんだったら、黒田先輩のもので良いんじゃない?」ということに結局なった。

 私たちがお金に不自由しない社会人なら、もっと違った見方をしたかもしれない。まだ守られた学生という存在が、もう一生出会えるかわからない貴重な物を見過ごすことを許したのだろうか。
 私なら、サークル内で争いなんて面倒で、絶対言いださないけれど……好奇心に負けて、みんなの前で言いだしてしまう丹野君も問題な気がする。解決した彼が悩みの種をもう一度蒔こうとしてたんだから。
 ただ、それで争いを続けるサークルだったら確かに入会を止めていただろうが。彼は試したんだろうか? そこまで考えているようには思えないけど。

 その後、カラオケルームでの一室でのこと。先輩に連れられて部屋を移動させられてる丹野君が、私のいた部屋にもやって来たので、あることを聞いてみた。
「お札を1枚多く置いた理由まで、よく解ったね」
「同じものを見てるようで、実は違うとこ見てたんじゃないかなって。お札のことは、友達の親から聞いて知ってたんだ。あとサークルって『美術鑑賞サークル』でしょ? それなら『なんでも鑑定団』的知識ならありそうかなって思ったから」
「へー、私も時々あの番組見入っちゃうなぁ」
 『なんでも鑑定団』とは、都内でも再放送さえしており、地方でも超人気のご長寿番組の1つである。
(だからって、そこまで想像つくかな? 何か1番聞いてなさそうな感じだったのに、実は第3の耳があるとか? 変な人……)

 同じものを見ているようで、違うところを見ている。

 私が「幸村」綾香を気に入った理由と同じかもしれない。
 実は初対面で彼女の名前が、真田「幸村」と名前が一緒だと知って、仲良くなろうと思ったからである。

 私は文学部史学科で、いわゆる戦国武将大好き女子で(萌えと言っても過言ではない)、サークルに入ろうとしたのも歴史や古美術に興味があるから入会したわけで。そのことがサークルメンバーに知られるのは、まだ先になる。






※お札ナンバーはAA揃ってたり、連番、ゾロ目だと、5〜10倍の価値に跳ね上がるらしい…ナンバーはテキトーです。持ってる人はごめんなさい。